2026.11.08
独り言川柳
「結婚記念日」
喜寿を迎えた私が「結婚記念日」と書くのもどうかと思ったが
妻は約13年前(厳密には平成26年1月)に旅先で他界しており
以後、寂しい記念日を過ごしてきたが、
その中で、亡き妻の良き思い出を心の支えにして来たのも事実で
今も心の中で生きていると思っている。
私たちは見合い結婚だったが、実は2度「釣書」が続いて来て
1度目は母が懇意にしていた呉服屋さんから届き
2度目は父が燃料商をしており同業者が持ってきた
という不思議な「縁」だった。
お見合い後、3度目のデートで「求婚」して目出度く婚約し
約4カ月後の昭和52年11月8日に教員会館で結婚式を挙げた
というスピード感だった。
「なぜ、11月8日なのか」と言うと火曜日だが「大安」という日で
しかも11月は十一月で「士」(さむらい)であり8日は「末広がり」と
縁起を担いだと父は言っていた。
平日だったが会社から社長、専務、課長と同期5人が出席してくれて
高校時代の友人も出席して「祝い唄」を披露してくれた。
新婚旅行はまず飛行機で米子に行きホテルで一泊して、
明くる日は汽車で移動して玉造温泉の長楽園に一泊、
次の日はタクシーを借り切って出雲大社に参拝してから汽車で長門湯本に行き一泊
次はタクシーで萩・津和野観光して一泊
明くる日新幹線で帰ってきた
という旅程だった。
新大阪からは外車のタクシーで帰るという具合に豪気に締めくくった。
新婚生活は父の経営するアパートからスタートしたが、
長男を授かって狭いのもあって駅近くの民間アパートに2年住んだ後
市営住宅に3年住んだ。
その後、長男が小学校に上がる前に
近所に出来る今のマンションを買った。
理由は35年ローンが組める最後の年であり、
JR官舎の跡地で前に公園と小学校があり、横は関電の配電所
裏はお医者さんの私有地、反対側の横はJR関西線
と環境に恵まれていたことも大きな理由だった。
また、当時では珍しく立体駐車場があり、これも契約した。
妻はJRの駅が近いし、いろんな店や市場が近所にあったので
大変喜んでいた。
こんな結婚当初の思い出が蘇えってきたが、
お蔭様で三人の息子に恵まれて、
長男は京都で大手企業に勤めて2人の孫をもうけてくれて
次男は東京で中堅の建設機械製造卸に勤めて2人の孫を育ており
三男は大阪で私の会社を継いでAIを武器に頑張っている
という具合。
マクロに見れば、幸せな人生を送っているが、
やはり、妻に先立たれたことが悔やまれるのも事実。
例えば、友人・知人がクルーズ旅行を楽しんだというが、
比較的安価になっており、私でも手が届くのだが
やはり、一人参加するのも憚れるのだ。
また、別の角度で見れば、
自宅と事務所のマンションはローンが完済しており管理費だけ済み
遺産相続した実家はリフォームして三男が住んでいる
と意外にローコストで生活できる状況であり、
しかも、喜寿なっても自宅から徒歩で事務所に通える便利さがあり
昼食を自宅で摂っているので2往復する運動になり
食材の買い出しに自転車で行っており行動的でもある
という健康生活。
お蔭様で大きな借金はなくなっており、
年金と会社からの給与で比較的豊かな生活が楽しめている。
例えば、毎朝、近所の喫茶店でモーニングを頂き、仲間と談笑し、
昼も自宅に帰る途中で喫茶店によって仲間と談笑する
という具合に、地域社会に溶け込むことが出来ている。
これは、相談役になってからお客様とのコンタクトが息子中心になり
他人と会話することが少なくなったので、貴重な談笑になっており
精神的にも助かっている。
父が「さむらい月の末広がりの日」と願いを込めて決めてくれた
11月8日という結婚記念日だが、
妻は先立ってしまったが、私は本気で「百歳現役」を目指すと
頑張っているのも事実であり
父の願いが叶っていると確信して感謝している。
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