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2026.11.04

エッセイ

「変化する」

「変化する」

 

私が船井総研の客員経営コンサルタント養成学校で学んだ頃、

「天地自然の理」

という言葉に出会った。

 

意味はAIでは

「天地と自然界に本来そなわる普遍的な法則・秩序を指す言い方で、

人間の都合や作為を超えた「おのずからそうである道理」

とあるが、

如何にも概念的なモノなので、

なんでも「それは『天地自然の理』に照らせば」と問える

という便利な言葉だった。

 

しかし、天地は「普遍」ではなく「刻々変化」が基本なのだ。

 

1年で見れば「春夏秋冬」という季節があり、

1日で見れば「朝昼晩」と変化する。

 

そういう「変化」する事が大前提の環境の下で

「おのずからそうである道理」

という論理。

 

私自身は「論理」も長い目で見れば「一定」ではないと

思っている。

 

例えば、「現場改善」に喩えると

「小1でも出来るように」

という大原則があるが、

やはり、人が行なう作業ならば個人差が生まれて、

その個性に合わせた手法に変化させないと

作業者は「堅苦しい」状況に耐えることにも成りかねないのだ。

 

この変化させるのも「天地自然の理」と言えば、

それまでの話だが、

「刻々変化」というが「猫の目」ように目まぐるしいのでは

所属する人たちは追随できないのも「天地自然の理」なのだ。

 

しかし、一定期間が経過すれば、

環境が変わるので「変化」が必要になるのも「事実」。

 

「後工程はお客様」と言うが、

そのお客様のニーズが変化するので対応が必要で

定期的にニーズ・サーベイなどを行なって

「時流適応」

が重要なのだ。

 

お客様のニーズが変化するのは

大きくは「技術」と「流行」の2要素が重要であり

「技術」ばかりでなく「流行」への対応力が求められるのだ。

 

つまり、何かの変化で「流行」が始まるので

その「何か」を常にウオッチングしておくことがポイントだが、

今の「流行」の中にいると、

外部で起こる「流行の兆し」が奇異に映って見逃す事が多い

というのも現状だ。

 

一方、身近なところに目を向けると

「刻々変化」という視点を持つことがポイントだが、

私のように高齢者になると「保守」傾向が強まって来て

「変えよう」とするパワーが薄れるので

ついつい、「前と同じ」というイージーに流される

という傾向が出て来る。

 

私の生活スタイルで言えば、

朝、ある喫茶店でモーニングを頂いているが、

日曜日は休みなので別の喫茶店で頂く

という習慣があるが、

お店も「人」が主体なので、諸条件で「休む」ことがあるので

「当たり前」のように繰り返していたモノが

例えば、「マクドナルドに行く」という風に変化するのだ。

 

「習慣」と突然の「変化」への対応なのだ。

 

そして、私自身も生身なので加齢と共に変化して行く

例えば、腎臓内科から「コーヒーは一日一杯で残りは水」という風に

制限を加えられて変化する事が求められるのだ。

 

この他にも「肉類は一日100g」という数量制限があるが、

これも自分なりに対応しているし、

「塩分6g」という制限も対応しているので

血圧や検査数値が正常の範囲内でいる。

 

医師からの制限なので意外に素直に対応できているが、

加齢による内科的変化が起こり得るので

今後も素直に「変化」して対応して行きたいと思っている。

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