2026.11.02
エッセイ
「認知症」
私は母が晩年軽い認知症になっており正式に診断された訳ではないが
アルツハイマー型認知症にかかっていたと思っていた。
母は貧乏だったので自分でも「お好み焼き屋」を開店して稼いでくれて
私たち2人の兄弟を私立大学へ進学させてくれたが、
一方、「思い込み」が強い方で、信仰などにも熱心であり
信念が強いというか頑固な側面もあったのだ。
高齢になって少し穏やかになったが、
「思い込み」の強さは治らなかった。
母は実家で一人暮らしていたが、
私は徒歩20分圏内に住んでいたので
定期的に実家に立ち寄って状況を把握するようにしていた。
しかし、晩年は、地域で母の信仰が異様に見えたようで、
地域の方々から注意されたりしたが、
ともかく、デイサービスで肺炎になり入院治療した後は
特養の施設に入所できたので、大きな騒ぎにはならなかった。
この時の経験で「痴呆症」の方との付き合い方になれたのだ。
最近、事務所を土日の午後、
老人会の方々に開放して茶話会を開催しているが、
皆さん、私より10才程度高齢なので軽い認知症になっておられ
日付が分からない方もいらっしゃるのだ。
まぁ、特定の方なので、開催直前に電話して出欠を確認して
お茶菓子の用意をするようにしている。
つまり、相対していると余り認知症を感じないが、
「記憶」という点では個人差があるが衰えが出ている方がいるのだ。
ともかく、「楽しい時間」を共有するのが目的と思っており
トランプなどで楽しい2時間を過ごしている。
一方、私が昭和60年(‘85)からお付き合いのあるお客様が
後期高齢者の域に達してアルツハイマー型認知症になられたのだ。
その方は、会社役員をされており、
IBMのオフコンで通信料が提案より増えたというクレームで
そのパケット通信料を改善する依頼をIBMから受けた事があり、
丁度、GWにかかった時だったので、
お客様の会社に泊まり込みでシステム改修した
というエピソードがあって強い「縁」のある方なのだ。
その後、‘95年に私は経営コンサルタント会社を創業した時も挨拶しており
‘98年には社員研修、’00年からは経営コンサルタント契約を頂いている
という背景があるが、
この方が、2年ほど前から「認知症」の傾向が出始めて、
最近、酷くなっており、社内で問題になり退任退職になったという方なのだ。
既に、有休休暇も消化して退職金も支払われたが、
気分的にはまだ勤務している心算でいるようで、時々、会社に出て来る
という状況が続いており、
毎日、営業担当取締役の方と電話で会話しているが
その様子を耳にしている状況。
実は、この方から営業担当取締役の事を頼むと
彼がまだ認知症が軽微な時に個人的に直接頼まれたのだ。
何をどうするという話ではなく、漠然とした事だったので
とりあえず、毎夕、電話で会話して雑談を通じて心を通わす
ということをしている。
しかし、この営業担当役員から「今日も来た」という話が続き
「退職」という事実を受け入れられないようなのだ。
確かに、会社が苦しい時に資金繰りの工面や仕入先との交渉などで
矢面に立ってご苦労されたので、人一倍「思い入れ」がある方なのだ。
会社に寝泊まりされた事もあり
ある日、最後に帰宅する社員がこの方の異変に気付き
救急車で運ばれたが「脳溢血」で危ないところだったのだ。
たぶん、この「脳溢血」の後、
徐々にアルツハイマー型認知症が進行したのだと
思っている。
私から見れば、彼は「青春」を会社に捧げた方だと映っているだけに
75才になり後期高齢者の域なので「楽しい余生」を過ごして欲しいが
それが叶わなくなっているのが残念で仕方がない。
まぁ、母の時のように、ありのままの彼の姿と接して「受容」しようと思っているが
残念なことに、彼曰く「会社とハッキリと別れの挨拶した訳ではない」と言って、
今なお会社に出社して仕事をしたいようなので
実際問題、どのようにすれば「事実」を認識してくれるのかと気をもんでいる。
ホンマ、本人は「正常」と思っているだけに身をつまされる思いになるが
根気よく電話などで会話してジワジワを前向いてもらうしかないのかと
思うこの頃なのだ。
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