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2026.10.14

エッセイ

「時をかけるテレビ」

「時をかけるテレビ」

 

毎週金曜日の晩10時半から

NHKの「時をかけるテレビ」をよく見ている。

 

10月9日は

「舞台・いのちの限り~宇野重吉・旅公演2万キロ~」

だった。

 

宇野重吉さんは「民芸」の一座で活躍していたが、

当時、テレビなどの隆盛で演劇文化が薄くなり始め

舞台で役者と聴衆の距離感が開く危機感から

宇野重吉一座を立ち上げ、

72歳にして一座を率い全国2万キロをめぐる巡業の旅に出る決意をして

気軽に芝居を観に劇場に来られない地方の人のために

各地の劇場に手紙を送って開催の約束をとり

全国縦断の地方公演を始めたそうだ。

 

しかし、左肺を癌に冒され、

1987年3月に摘出手術を受け5月に退院後、

医師の反対を押し切って

6月の大阪・枚方市での公演から舞台に復帰したそうだ。

 

演目は木下順二作『三年寝太郎』などの民話劇を上演して

聴衆との距離感を縮めたのだ。

 

町や村の人々に直接舞台を届けるという長年の夢を果たすために

決意したが、間もなく肺がんの手術を受け

左肺の半分を失った身体で旅公演に復帰、

舞台の合間に酸素ボンベの力を借りながら熱演したのだ。

 

地方公演の移動はトラックの後部にある狭いベッドに寝ころびながら

という厳しい状況だった。

 

私は俳優さんを余り知らないが日色ともゑさんの若かりし姿があった。

 

「三年寝太郎」は民話を題材にしたもので

旱魃に苦しんでいた村で3年間寝続けていた寝太郎という男が

何も仕事をせずただひたすら寝転がっていた寝太郎に

周囲の者は怒っていたが、寝太郎がある日突然起き出して、

山に登って巨石を動かし、

その巨石が谷に転がってぶつかり続け、ついには川をせき止め、

川の水が田畑に流れ込んで村が救われる

というストーリー。

 

宇野重吉さんが演じる「寝太郎」は滑稽な恰好だが、

その所作や語りで聴衆を引き込んで喝采を受けたのだ。

 

司会の池上彰さんとゲストの宇野重吉の長男の寺尾聡さんが

感想を述べていた。

 

私は、この番組から

演劇を広めようとする「役者魂」

を痛感した。

 

昭和末期の72才は今と違って少し体力的に落ちていた中で

一座を率いて地方公演を決意して

肺がんに侵され酸素吸入が必要な状況の中、

しかも、移動は一座の大型トラックのベッドに寝ながら

という状況下でも

地方に出かけて演劇の良さを広めてファンを増やす

という志に感動したのだ。

 

「〇〇魂」というが、ここまでの方は少ないと思う。

 

翻って我が身を思うと

「〇〇魂」=「AMI魂」

と置き換えることが出来ると思う。

 

AMIはAdvanced Management with Informationの略だが

その根源は新入社員当時に書いた「ブレティン」であり

初めて導入したコンピュータで

「クルマが売れるコンピュータ」

という永遠のテーマを頂き、

昭和52年当時、オイルショックで新車販売が前年比70%程度だったが

車検DMを皆の力で発信したら前年比150%の威力を発揮して

「形は心を動かす」

の信念が出来たのだ。

 

「〇〇魂」の〇〇には「情報」が入り、

それを発信する手段を時に応じて変化させてきたのだ。

 

「情報」をメイクするにはデザインで「形」する必要であり

それを発信する手段が

「ハガキ」「Fax」「メール」「SNS」・・

と時流に応じて変化したのだ。

 

そして、「AMI」は仏語で「仲間」という意味だが、

宇野重吉さんが「役」になり切って観衆の琴線を震わせたように

私も「お客様」になり切って「デザイン」をする

という姿勢を持ち続けている。

 

最近は相談役になり「肩の荷」が降りた状態だが

「エッセー」に着手して、

「読者」の方々に「ヒント」になる経験を届けて

一つでもお役に立てればと願っている。

 

つまり、「お役立ちの魂」と気づいたのだ。

 

もっともっと、「Give&Giveの精神」を磨いて

よい「情報」を届けたいと思っている。

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