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2026.10.04

エッセイ

「社名」に込めたこと

「社名」に込めたこと

 

創業者に聞くと異口同音に創業前が一番楽しいという。

 

何故なら、あれこれと不安をよそに想像や思案するからであり

お店ならレイアウトや調度品の準備など課題が多い。

 

私も‘95年7月に創業したが、その前に

船井総研客員経営コンサルタント養成学校に通った時が

一番楽しかった。

 

経営コンサルタントという花形(?)の職業に憧れて

未来像を描いていた。

 

まだサラリーマンだったが、

次長まで昇格したトヨタ系販売店でただの管理職になるのを嫌って

折角の高給を捨てて、関連会社に再就職して勤務しながら

営業という自由を得て、業績を挙げながら、会社の為に

一つは日本LCAのDIPSを導入してソフト開発し

もう一つは自費で船井総研に学んだ

という時だった。

 

ともかく、新卒で入った時から特別扱いして下さり

多くの先輩社員とは違って、いろんな経験をさせて頂き

その上で念願のコンピュータを導入し

「クルマが売れるコンピュータ」

を目指して、営業所にも自由に訪問できた具合だった。

 

つまり、規格外の社員で育ち「自己実現」を志していた。

 

そんな私は関連会社で船井総研の資格を活かして

コンサルティング・サービスを始める予定だったが

担当役員が転勤して、他の役員が反対したので

担当しているソフト開発の終了を以て退職と決めて

いろいろと準備を始めたのだ。

 

まず、社名を「エー・エム・アイ」として

将来の発展の為に有限会社で法人化を考えた。

 

税金の負担問題で青色申告の方が良いというアドバイスもあったが

自信の塊だったので資本金300万円の有限会社とした。

 

「エー・エム・アイ」は「AMI」、仏語で「仲間」を意味して

英語表示をAdvanced Management with Informationとして

「情報で先進的な経営をする」

という意味を込めたのだ。

 

「現実は想いよりも深くて広い」というが

「情報」と言っても具体的な手段が未定だった。

 

この未定を覆したのは友人が

「PL法セミナーを手伝わないか」

と誘ってくれたことから始まったのだ。

 

セミナー参加者をフォローする為に

「AMIニュース」と題したブレティンを毎月郵送した中から

「あなたに頼みたい」

という奇跡的な電話が舞い込んだのだ。

 

企業診断をさせて頂き、建設機械の製造卸の弱点が

メーカー→卸→販売店→ユーザー

というルートで末端までに半年以上かかるという時間的な課題を

Faxを使って「後工程引き」と名付けたユーザーダイレクト方式で

即レスポンスを販売店に起こし、卸、メーカーと遡上する

という事を提案したのだった。

 

これは、新入社員の頃に営業ブレティンを作って本社と営業所間、

コンピュータの「車検DM」で知らない客が入庫するという反応や

OJTで実施したプリントゴッコで自作した「車検DM」

などの経験から「形は心を動かす」という経験を積んでいた

という背景があったのだ。

 

それから30年経過して事業承継を果たして、

三男は「AIの代理店」になって、自らもAIを駆使する

というスタイルで「情報」の自動処理化に取り組んでいる。

 

大手企業からEDIなどデータで見積や注文が来るが

例えば、図面から拾い出すという作業を工夫してAI化し

見積を自動化している。

 

AIがホワイトカラーの職を奪うというが、

見積や注文の後処理(在庫や外注など)を自動化できるので

新規の見積や仕入単価が変動した時の交渉が人の仕事

という具合に変わっている。

 

従来はパートの方が専任で受注後の処理をしていたが

このプロセスをAIが肩代わりする現実が出現している。

 

RPA(Robotic Process Automation)にAIを組み込んで

従来、出来なかった図面からデータ読み取りを加えて自動化して

生産性向上にも貢献している。

 

社名に「情報で先進的経営」と願い込めたが、

次の世代も「情報」を取り扱って進化しているので

事業承継がうまく展開していると喜んでいる。

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