2026.09.24
エッセイ
{AI」と付き合う
9月21日の敬老の日のこと。
いつもの喫茶店でモーニングを頂きながら産経新聞を読み
「AI」時代のことを書いており興味を持った。
確かに、時代はドンドン進化して
いろんな業種が無くなっている。
例えば、父は昭和26年に統制が解除された時に
和歌山の湯浅から「薪炭」を売りに大阪へ出てきたが
「薪炭」の時代から「石油」になり「ガス」と変化して
「LPガス」を扱ったが大阪ガスの普及で減って、
蓄えを活かすためにアパート経営し、
母も「お好み焼き屋」を開いて稼いでくれた。
そのお蔭で兄弟2人が私学だが大学卒業できた。
そのアパートもマンションの時代になり
アパートを売ってなくなり、
「お好み焼き」屋も母の体力が衰えて閉店した。
両親ともに長い生きだったが、既に他界している。
このように、「技術」の進歩と「体力」の衰えで
淘汰される状況を見たのだ。
同じような現象は街の至るところで起こっており、
昔、賑やかだった商店街もシャッター通りになって久しい。
私自身は若い時に「病弱」だったのもあって
「コンピュータをやりたい」と言って就職活動して
故福井社長に採用されたのだ。
当時のコンピュータは「金喰い虫」と言われたが
「運」よくIBMが世界初のオフィスコンピュータを出し
バッチ処理だが、当時の機種より4分の1程度で発表されて
トヨタも社内もコンピュータ導入反対の中、
「これなら、ポケットマネーで買ってやる」
と言って契約書に判を押して下さったのだ。
当時、コンピュータが発達すると
事務系の仕事が無くなると言われたが
故福井社長は「クルマが売れるコンピュータをつくれ」と
生涯のミッションを与えてくださったのだ。
事務系の統計処理がひと通り済んだ時に
経営5カ年計画の中に「DMで顧客満足度を高める」を掲げ、
「車検DM」を出す指示が出たのだ。
経理課にある過去の注文書を引き出して車検期のお客様をデータ化し
電通に依頼した斬新なデザインの車検DMを発行したら
営業所から「とっちゃん、知らん顔の客がドンドン入ってくる」
という嬉しい悲鳴の電話が届いたのだ。
これが「形は心を動かす」の信念を生んだのだ。
それからコンピュータがドンドン発達して
全社オンラインやテレマーケティング
のシステムまで開発して会社に貢献した。
この状況をIBMの管理職研修で発表したら、
そのビデオを見て台湾IBMから馬さんがやって来られて
「あなたの言うとおり」
と言って下さったのが最大の思い出になった。
その後、諸事情でトヨタ系販売店を退職して関連会社に行ったが
丁度のこの頃からコンピュータはWindows95が出てパソコンにシフトし
インターネットも回線がISDNになりデジタル化し
ドンドン進化してインターネットが高速化して
クライアント・サーバーの時代になり今日に至っている。
また、AIも統計処理的な幼稚なAIの時代から
進化して今やエージェント化して
特定の業務ならAIに作業を分担させ、
その結果報告を管理するAIがチェックして問題点を明確化し
作業の円滑化を指示するようになり、
さらに、もう一段上の視座のAIが課題解決を促進する
という時代になっている。
これは大手だけではなくEDIで受注する納入業者でも
サブシステムを組み、現場作業の指示書を出し、
現場は人が行っているがバーコードで処理を報告して
納期管理をAIが監視している
という状況が実現できている。
こうしたサブシステム化で納入品質が向上して
大手企業から信頼を得て発展しているお客様がいるが、
この業務のサブシステム化やAI化で三男が貢献して
お客様の発展に一緒になって行なっている。
もう、末端の現場でもデータで受注できれば(データ化すれば)
後の管理業務や現場作業指示はAIで行なえる時代になっているので
人件費削減にもつながる上に
納入品質向上で喜ばれる時代なのだ。
身近では、このようにAIを「身の丈」で利用すれば、
間接人員を現場へシフトさせて直接化できる「筋肉質」な会社に
なることができる時代が始まっており、
これへの関わり方が将来を左右すると過言ではないので
乗り遅れないようにして欲しいと思っている。
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