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2026.09.20

エッセイ

「うん(運)と働け」

「うん(運)と働け」

 

現在、ハウス食品の子会社になっているマロニー㈱の物語をTVで見た。

 

昭和25年(‘50)に創業者吉村義宗氏が大阪市でもやし製造をする

吉村商店からスタートしたそうだ。

 

戦後の復興期で「もやし」が売れたが、

時代の進化で「もやし」の売れ行きに陰りが出始めて

「うんと働け」がモットーの吉村氏が「なにか」を求めて

社員と相談する様子が描かれていた。

 

「うんと働け」がモットーでも「アイデア」を出すには

根性論だけでムリがあったが、

ある時、食事に出た「寒天」を見てヒントを得て、

自社が「もやし」製造で使用する緑豆の在庫が豊富にあり

この緑豆から澱粉をつくり応用する事を思いついたそうだ。

 

早速、「寒天」のように澱粉を押し出すことから取り組んだが

単純に押し出すだけでは澱粉なのでくっついたのだ。

 

これに困った時にも、社員に「うんと働け」と檄を飛ばしたが

ある時、社員とお好み焼きを食べた時に

マヨネーズが格子状にかけてあるのを見て

また閃いたのだった。

 

つまり、寒天のように押し出してつくるのではなく、

シート状に作って切るというアイデアに出会ったのだ。

 

これを製品化して「まろやかに煮える」ことから

‘64年に「マロニー」とネーミングして売り出したのだ。

 

関西圏を中心に順調に売り上げが伸びたが

どうしても天井が見えてきたのだ。

 

‘94年、そこで、テレビコマーシャルに打って出て

中村珠緒さんを抜擢して「マロニーちゃん」という

ほんのりとしてCMが出来て

これが関東圏でもヒットして大飛躍したそうだ。

 

CMの台本では「マロニーさん」だったが、

中村珠緒さんのアドリブで「マロニーちゃん」となったそうだ。

 

大女優が美味しそうにお鍋のマロニーをすくって食するCMだが、

ある程度の年配なら誰もが思い出す会心のヒットになったのだ。

 

同社では「うんと働け」を「運と働け」と置き換えているそうだ。

 

まぁ、戦後の復興期に生まれた「成功物語」は沢山あるが、

「運」を開くために大女優の中村珠緒を抜擢するには

大金がかかっただろうが、

同じように他の女優が「マロニーちゃん」と歌っても

同じ成果につながったか疑問なので「生き金」となったので

結果的に大成功だったと言われている。

 

やはり、関西圏で儲けた財力があったので

広告会社も力のある会社を選び、大女優とつながった

と言えると推測している。

 

「金持ちのバクチ」と言うが、 

関西圏でシェアを獲得して財力に恵まれており

その余裕がヒットコマーシャルを生んだ

と言えるのだ。

 

最近は「働き方改革」が末端企業まで広まっているので

創業間もない会社でも「うんと働け」とは言わなくなっている。

 

つまり、世間並の努力で得るものは

時代とともに減少するのが「天地自然の理」なのだが、

そんな退潮傾向では「貧すれば鈍する」で

「運」が悪い方向に回ってしまいがちなのだ。

 

誰かが「仕事の鬼」にならないと「運」は寄って来ないのだ。

 

ホンマ、「うんと働け」という吉村社長のように

「うーん」と働いて他者との違いを見せる覚悟がないと

余程のラッキーがない限り「運と働け」にはならないのだ。

 

うちの会社も三男が事業継承しているが、

異業種交流会で出会う財産に恵まれた2代目3代目の方達に

巻き込まれて自分を見失わないようにして欲しいと祈っている。

 

三男は「AI」に取組んでおり、

複数のサブスクでエージェント化する事で成果を出しており

このノウハウを活かして

「運と働く」

ように良い展開になって欲しいと祈っている。

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