2026.09.08
エッセイ
「崩壊家族」
35年前の事だが
我が家は「崩壊家族」にリスクが高まっている
と感じて仕事上の諸事情もあって転職をした経験があった。
「崩壊家族」を調べると
家族としての機能(愛情・安全・コミュニケーション・協力)が
失われている状態を「機能不全家族」と呼びます。
機能不全家族とは、家族の誰か(または全員)のニーズが
慢性的に満たされていない家庭のことです。
表面上は普通の家庭に見えても、
感情的な無視・慢性的な緊張・一方的な支配が続いている場合、
子どもや配偶者の心身に深刻な影響を与えることがあります。
とあった。
当時、妻も教員なので共働きで朝早く出勤し、
私も一応「高給」とりで朝早く、晩遅くという状態で
つまり、子供たちの状況を把握出来ていなかった。
平成4年(‘92年)の夏だったが、
中2の長男は勉強が出来るが中1の次男は不登校的になっている事や
小1の三男も怪しい状況
と通知簿を見て分かり頭に「崩壊家族」のリスクが浮かんだのだ。
その後、盆明けに人事異動が出て「左遷」された折に
「人生は一度切り」
という友人のアドバイスもあって
結構「高給」を頂いていたが
妻とも相談したら「私が元気なうちに」と言ってくれたので
思い切って「辞表」を出したのだ。
「転職」は思うところに行けなかったが、
顔見知りの系列会社にNo.2で転職して、
ともかく、子供たちを学校にやってから出勤する
という普通の家庭に戻ったのだ。
この転職先では役員と課長に挟まれて
「身動きとれない」
状況からスタートしたが、
1年後、営業に変わって「行動の自由」を得たのだ。
前職でソフト開発したお客様を中心に
オフコン5台、ソフト開発1億円
の業績を挙げて、
自費で船井総研の客員経営コンサルタント養成学校に応募して
「船井流」を学び
会社には日本LCAの「DIPS」を導入
という状況なった。
しかし、子会社独特の風土があって
社内から「栩野さんの客をつくるだけ」という声があがり
社内展開を諦め、平成7年(‘95年)に退職して現会社を創業した
というドラマがあった。
つまり、「崩壊家族」のリスクを回避する目的を達成して、
結果的には長男は博士まで進んで大手会社に就職しており
次男はお客様の東京支店で営業として活躍し、三男は事業承継
と充実しており、長男も次男も家族に恵まれている
という状況。
今、地域社会との付き合いがあり
「機能不全」的な家族があることに気付くようになった。
極端な例では、40代半ばの子供2人が仕事をしているが同居
という家族がいらっしゃるのだ。
一見、仲良く暮らしているように見えるが
内実は子供が自立しない悩みを抱えておられるのだ。
私は「子供が自立」という視点が重要だと思っているので
深刻な「機能不全」だと考えている。
そこまで深刻ではないが、他の家庭でも「悩み」あるようだ。
そういう意味では私は亡き妻が
「私が元気なうちに」
と言ってくれたことで2度「思い切れた」と感謝している。
お蔭様で会社も事業承継して三男が頑張ってくれており
新しい展開が始まろうとする予感があるので
何事も「結果が全て」という点では
まだまだという感はあるが人生の重荷から解放されつつある
という現状に感謝している。
一覧に戻る
有限会社エー・エム・アイ
大阪府大阪市阿倍野区天王寺町北1-8-47-411
© 2021 有限会社エー・エム・アイ