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2026.09.05

エッセイ

「ディーゼルエンジン」

「ディーゼルエンジン」

 

私は平成7年(‘95年)に

船井総研客員経営コンサルタントの資格を頼りに

創業した。

 

「船井流」と名乗れても得意が不鮮明な状態だったので

当初は船井総研のお手伝いで倉吉市のHCを何度か訪問したり

勉強会で知り合った六甲病院の方々の勉強会に参加したり

という状態だった。

 

スクールの仲間ではセミナーを開催してお客様が出来たり

中小企業診断士の資格を活かして活躍したりと

華々しい方々を横目にしながら

倉吉へ直行するバスのエンジン音に慰められていた。

 

倉吉へ行くにはJRを使うよりも直行バスの方が早く安かったが

中国道をディーゼルエンジン独特の粘りある響きに

脇を追い越す自動車との相違を身に染みていた。

 

「大きい物ほど、素早く動かないのや」

と内心呟きながら

訪問先での活動を思い描いていた。

 

そして、ICを出て峠越えになると

信号待ちで追い越した自動車に追い付いたのだ。

 

「そうや、彼らもどこかで立ち止まるかも?」

と思い、ジックリと力を貯める覚悟をした。

 

そう言えば、今朝の新聞で「SUMO 魂を鍛え抜く」という映画が

ベネチア国際映画祭にノミネートされたという紹介があり

白井エリック監督が「本当の強さ」表現した

とあった。

 

一般的に欧米型の観念では「パワー」の差で圧倒する「強さ」だが

相撲では体格の差を跳ねのけ、小兵が大男を倒すことがしばしばで

大相撲の世界ではまず「忍耐」を教え込むそうだ。

 

映画では、現役力士の各層を長期取材して

普段は彼らが口にしない「本音」の部分を拾い出しているそうだ。

 

私は、「忍耐」という2文字が好きだ。

 

例えば、白鵬は圧倒的な強さを示した大横綱だが、

入門時はひょろっとしたやせ型だったので、

どの親方も拾わなかった位にパワーがなかったそうだ。

 

そんな彼は‘01年3月(16才)場所に初土俵を踏むが、

番付に名前が載った5月場所で「序の口」で負け越し

「三段目」の‘02年7月場所でも負け越したそうだ。

 

歴代の横綱の中で「序の口」で負け越したのは

白鵬だけだそうだ。

 

その彼が辛抱して体力をつけて22才で横綱まで登り詰め、

2021年9月に引退するまで相撲界に君臨して

63連勝(双葉山の69連勝につぐ)という偉業や

横綱を84場所という長期間にわたって務めあげたのだ。

 

晩年の取り口に「かちあげ」があり、

横綱の品位にかけるという批判があったが、

私は「若い勢いのある精鋭」に「勝」という一文字に拘り

繰り出した取り口だったと思っている。

 

「ディーゼルエンジン」の喩えに戻ると

白鵬は入門前、どこの部屋も目を向けない程体力で劣り、

「序の口」で負け越す程だったが、

そこから他人以上の努力をして這い上がった

というのは「大器晩成」というが、

スタートダッシュが良いばかりではない

という事だと思っている。

 

また、晩年の「かちあげ」は彼が選んだ体力差を埋める戦法であり

私も30年間の経営には、

当初、「Faxちらし・3段活用マーケティング」で花開いたが

徐々に、時代の流れとの「ギャップ」が広がり

三男が入社してシステムでRPA化を図るようになり

HP制作で独自性を出し、メルマガにチャレンジ

と色々と悩んだのだ。

 

しかし、「悩んだ」が同時に「忍耐」も覚えて、

苦しい時代を只管「耐える」に徹した時もあった。

 

お客様が大手企業からEDIで来る注文の処理で困っており

三男や山口さんが電子データを活用してプロセスを自動化し

納品品質を高めることに貢献するようになり

お客様のシステム部門として信頼を得るようになったのだ。

 

この「勢い」と「流れ」を実感して、

昨年7月に事業承継を果たし

今は相談役となり気楽に過ごしている。

 

創業当初に華々しくスタートした方達はすぐに萎んだが

私は白鵬の下積みのように「忍耐」を鍛錬して

今日まで私流の「かちあげ」を産み出して元気に過ごしており

「ディーゼルエンジン」で良かったと振り返っている。

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