2026.08.15
エッセイ
「盆」
今日は8月15日。
13日に「盆入り」してご先祖様を迎え
14・15日は「中日」で先祖と一緒に過ごし
16日は「盆明け」で京都の五山の送り火のように先祖が天国へ帰る
とされている。
残暑の候で、暑さ疲れを癒す意味もあるようで
この4日間は休むところが多い。
しかし、最近は「核家族」化しており少し様相が変わってきた。
つまり、仏壇を祭らない家が増えて、
盆休みは「帰省」もせずに「旅行」を楽しむ傾向が強くなっている。
うちは「仏壇」を祭っており、毎日、お勤めをしているが、
「お寺」との関係は大動脈瘤の手術で途絶えており、
特に「盆」の行事をせずに通常でいる。
また、「お墓参り」は生駒霊園にあるので比較的近いのだが
暑さ寒さを避けて、5月や10月に行っている。
近鉄「東生駒」駅から無料送迎バスが出ており、
自動車を廃車してからは利用している。
さて、「先祖」を想うことだが、
過去帳を見ても顔も知らない方が多く、
祖父・祖母・父・母・妻の五人を想い浮かべるだけだ。
「月命日」が毎月やってくるので、
それぞれの思い出を思い描いている。
確かに、今、自分が生きているのは先祖があってのことだが
現実の生活では余り実感がしない。
例えば、昔のように、家を引き継いでいるのなら
残してくれた財産に感謝して暮らすことも出来るが
うちのように自分たちで家を持っていたら
その感謝も薄らいでいる。
こういう気持ちでいるとお坊さんがあげるお経も
上の空で聞くので「ありがたみ」を感じなくなり
単なる行事にしか思えなくなっている。
しかし、私は父・母・妻を送ったが、
その際、浄土真宗なので大谷本廟に分骨したが、
この時、本堂で声明を聞いた時は素晴らしさに感動した。
家に来ていたお坊さんの読経は棒読み的で感じるものがなく
余計な法話も「そうですか」という感じだった。
だから、大動脈瘤の手術で2週間入院するので
月参りを1カ月飛ばして下さい
と連絡したが
その後、連絡しても音沙汰がなくなったのかも知れない。
別に月参りがなくても、法事のお勤めがなくても
今は何ら支障なく過ごせているので
「お寺」に対して思い入れがないのが事実。
それよりも、毎日のお勤めで故人を想うことが大切であり
今は一人暮らしだが亡き妻の遺影を飾ってあり
毎日、花の水を世話して、語りかけている方が大切と思う。
妻は旅行先で急逝したが、
その夜に「正喜さん」と呼ぶ声を耳にしたことが
強い思い出になっている。
私自身は妻にとって「よい夫」という訳ではなかったと反省するが
お見合いだったが「釣書」が2度、回って来たので
何か「縁」を感じて交際し、
3度目のデートで結婚を申し出て
3カ月で結婚式を挙げた
というスピードだった。
私自身は「デジタル人間」のようで感情が薄い方なので、
妻が夢見た結婚生活とは程遠い毎日だったかも知れないが、
「縁」に対する思い入れはあったと思っている。
妻の事が多くなったが、父や母からも大事にされて、
私学の関西学院に一浪で進学させてもらった恩や
その他、身体が弱かったので心配をかけたことなどを思い出し
感謝をしている。
「盆」になり、明日は京都五山の「盆の送り火」だが、
こんな思いを胸に自分なりの「盆」を過ごしている。
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