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2026.07.25

エッセイ

「放下著」

「放下著」

 

最近、私のFacebookに各種の「人生訓」が語られて

非常に興味深いものもある。

 

例えば、「放下著」(ほうげじゃく)という言葉があって

調べると

「放下」は手放す、投げ捨てるという意味で、「著」は助辞で

「放下著」は「すべてを投げ捨ててしまえ」ほどの意味

という事らしいが

別の解説では「放下とは執着心を捨てること」とあった。

 

よく「無の境地になれ」と言われるが、

もう少し、積極的にいろんな欲を捨てることらしい。

 

しかし、若い時は、誰もが財産が少ない状況からスタートして

自分の「道」を切り拓いて、少しずつ「財」を貯めて行く

という過程では「執着心」がないと

「一つ」のことを成し遂げられないのも事実。

 

孔子は

「志学」15才で一つの道に入り修行して

「而立」30才で師匠から離れて自立し

「不惑」40才にはある程度のポジションを得て

「天命」50才には「道」を天命と確信して

「耳順」60才になると「老い」を感じて若い人の意見を聞き

「不踰矩」70才なると「矩」(法)を守って生きる

という「人生観」を説いている。

 

すなわち、少なくとも「不惑」までは「執着心」がないと

「道」を定めることができない。

 

三波春夫さんは「男の峠道」という曲で

「五十の峠道」

と歌っている。

三波さんは15才で浪曲の世界に飛び込んで才能を開き

戦争で徴兵されてシベリア抑留の捕虜生活を経験して

帰国後、浪曲師として再登場したが、

34才で歌謡界にデビューし

54才の時に歌謡20周年を記念して

「終り無きわが歌の道」

を発表して「天命」の50代を迎えておられる。

 

しかし、晩年は「明日咲くつぼみに」に代表されるように

病魔に侵されながら後進への思いを残しておられて

「耳順」~「不踰矩」

へ心境が変わっている。

 

私は、「放下著」という言葉に接して

このように三波さんの人生を思い浮かべた。

 

つまり、「放下著」は

若い時は「無心」になって「道」を突き進み

ある程度のポジションを得て初めて「執着心」を緩め

徐々に「執着心」を捨てて、

「耳順」~「不踰矩」

となって行くと考えている。

 

私自身は、

若い時はコンピュータを志して

不惑になって諸事情で

転職して経営コンサルタントの道に入り

去年、76才にして事業承継を果たして

「耳順」~「不踰矩」

の境地に入ったという状況。

 

「不惑」からの転身はリスクが多く

船井総研で一緒に学んだ約30人の同期生では

私だけが「道」として貫くことができた。

 

これは、コンピュータ時代の富士通系の友人から

「PL法セミナーを手伝わないか」

という誘いがあって、

その参加者をフォローする中から運命的な出会いがあり

「あなたの頼みたい」

という電話がかかり、

お蔭様で「Faxマーケティング」という「道」を見つけ出して

今日に至ったという「縁・運・つき」に恵まれたからだ。

 

多分、30人のうち1人、約2σの領域のラッキーだった。

 

77才の今になって、

年金や相談役の収入があり、3軒の物件を所有する

状況になり、

ようやく「放下著」の境地になれるようになった。

 

遅まきながら、残りの人生を「第三の青春」と掲げて

少しの余裕をキープしながら

世の中に少しずつ「恩返し」をしたいと願っている。

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