2026.07.15
エッセイ
「変子」
世の中に「変わり者」と呼ばれる方が多い。
例えば、女性は年齢をめしてもファッションに拘る方がいて
カラーのウイッグや派手な衣装を身にまとう方も
あるいはキティのグッズをぶら下げる方などと千差万別だ。
しかし、「変子」と呼ばれるほど徹底する人は少ない。
要は、ちょっと普通とは違った部分があるだけのようだが、
中には「変子」ぶりが徹底している方もいる。
私も若い時に故福井社長から「変子」と呼ばれた。
その「変子」ぶりの最たるものは、
「トヨタ冬の時代」と言われた時の営業会議で発した一言だった。
‘89年に発売された高級車セルシオが大ヒットして、
次々に発表されたモデルチェンジはミニセルシオばかりになり、
トータルの販売台数が低下した時があった。
‘91年に待ちに待ったアリストという高級3ナンバー車が出たが、
余りにも個性があり過ぎて思うように売れなかった。
会議で故福井社長が
「トヨタ冬の時代だが、アリストは売れないか」
と言って、皆の意見を求めた。
約50人の会議だが、20人の営業所長たちは
「社長がおっしゃるようにトヨタ冬の時代で・・」
と売れないと言うばかりだった。
20人の営業所長が終わって内勤の管理職になっても同じ調子だった。
私の番になって、
「幾ら社長がトヨタ冬の時代と言っても売らねばならない。
売れないと嘆くなら別のクルマを仕入れる事ができるならよいが、
出来る訳がない。
それなら、我々が好きになるしかない」
と発言したのだ。
当然、一瞬シーンとしたが、流石、故福井社長だった。
「言う通りや。千葉の勝又さんがト販協で外車をと言い始めた時に
トヨタはどうぞ!と一言発したのだ。流石に勝又さんでも黙ったのだ。
売れるクルマが欲しいが、今までも売って来た誇りがある。
栩野君の言う通り、まずワシが乗ろう、1台おろせ」
と透かさず言ったのだ。
別に事前打ち合わせをした訳ではないので、
社長の言葉に「異」を唱えるのは勇気のいる話だった。
慌てて幹部たちが
「社長はベンツで、私たちがアリストに・・」
と言ったが、
流石に故福井社長、透かさず
「では、3台おろせ、皆で試乗しよう」
とまとめてくれたのだった。
この効果は絶大だった。
私たちの市場は全国で10番目の規模だったが、
3倍もの市場を持つ東京オートの3倍以上を売る実績になり
アリスト販売で断トツの1位になったのだ。
これを見て、トヨタは成功要因を「試乗車」と分析して
各社に試乗車を出すように指導したのだった。
「商品を好きになる」
これがお客様の心に響くのだ。
ある日、テレマーケティングで
「セルシオを買いに行く」
という情報を得て、営業所へ伝達すると
見事に「アリスト」を買って頂いたという偉業が出たのだった。
確かに、楽して売れるなら、これほど越したものはない。
しかし、逆境の時もあるのだ。
その逆境を乗り切るには
「〇〇バカ」
と呼ばれるほどに商品を好きになるのが一番。
ホンマ、「〇〇バカ」の「変子」なって欲しい。
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