2026.06.13
エッセイ
「3つの‘不’」
私は若い人には「3つの‘不’」が必要と思っています。
・「不足」
・「不便」
・「不満」
私もそうだったが、若い時は「新しい物」に興味を持ち
例えば、4チャンネルのステレオを買ったこともあったように
手にないものを強請る(ねだる)傾向が強いのだが、
徐々に、大人になって欲しい物が狭まって行くのだ。
つまり、大人になるほど「知足」の域に達するので、
「不足」によるフラストレーションを感じなくなるのだ。
しかし、「不便」は今も強く感じている。
最近では、ニトリのレンジグリル器を買ったが、
「魚焼き」で煙も出さずにふっくらと焼けるので
知人に薦めで思わず買ったのだった。
また、「動線」というが、
例えば、洗濯から乾燥そして取り入れや片づけという
一連の「動線」をシンプルにすることで時短にもなるのだが、
年代かかわらず「動線」のムダを平気で繰り返している
という事実がある。
私は妻に先立たれたが、
たまたま、全自動洗濯乾燥機を買ってあり、
その脇のスペースに収納を設置して
下着などを即座に入れているが、
亡き妻は黙々と長い「動線」を動いていたのだった。
つまり、「不便」と気づくか否かが分岐点なのだ。
少し視点が違うが、「遵法」という点では、
赤信号を無視して渡るのは違反だと分かっていても
捕まらないので「違反」への慣れが出て繰り返す
という「慣れ」による感覚の「麻痺」があるのだ。
この「麻痺」は「慢心」というのだが、
例えば、自転車に乗るならヘルメットを被る方が安全だが
義務ではないので被らない人が多いのだ。
しかし、事故に遭い、悲惨な結果にならないとは限らないので
今日はセーフだっただけと自覚する必要があるのだ。
この視点で言えば、「ながら運転」も同じだ。
確かに、スマホ見ながら運転すると便利だが、
たまたま、無事に終わっただけなのに、
慣れてしまい状態化している姿をよく見かけるのだ。
そして、「不満」だが、
昔、IBMの灰本課長から
「とっちゃんの不満は積極的な不満だ」
と言われたことがあった。
つまり、「コンピュータがない」という不満だったが、
それを導入して欲しいと自己申告に書き続けたので
「積極的な不満」
とおっしゃったのだった。
「不足」と「不満」が同じような意味だが、
「不足」は買えば事足りるが
「不満」は買うだけでは解決できない要素がある
と考えている。
私自身では「コンピュータ」は「命」という存在であり、
それが自己実現に重要な手段だったのだ。
私は、来月、満77才になるのだが
「3つの‘不’」の視点に照らし合わせると
「不足」では毎日出かける場所があって羨まれている
「不便」ではマンションで家電に恵まれて便利
「不満」では会社でエッセーを書くなど自由に出来ている
と非常に恵まれた状況だ。
つまり、「3つの‘不’」はほぼ充足できているが、
「希望」という永遠の課題がないのだ。
最近ではニトリのレンジグリル器で
「料理」の幅を広げるという小さな「希望」に巡りあって、
あれこれと羽根を生やしてチャレンジしているのが
せめてもの救いと思っている。
蛇足ですが、セパ交流戦でパリーグのチームが優勢だが、
「人気」という点で「不」がもたらした結果と思っている。
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