2026.06.09
エッセイ
「成長」は「小さな自信」から
経営資源は「人・物・金」というが、
どれも難しいが、中でも「人」は難問である。
多くの社長の悩みなのだが、
自分では難しいので「他力本願」になって
社員を変化させていく、そのはたらきを期待して
外部に依頼して実現する
という事になるのだ。
前号の「大志」を書く際に当時のファイルを開くと
ある営業所長から「所員の実態」として
「次月の為の探客が出来ていない」 ・・2名
「帰宅した頃にフォロー電話をしない」 ・・1名
「1回で済むことが何回もやらないと片付かない」・・1名
「始動が遅い」 ・・1名
「やる事を決めていない」 ・・1名
と記述したレポートが挟まっていたが
私自身、このレポートの存在をすっかり忘れていたが、
読み返してハッとする内容だった。
当時の営業部はよく言えば「アグレッシブ」を前提にして
「朝礼が済んだら外へ行け!」
という状況だったが、
確かに、バブルに向かっていた頃だったので
「犬も歩けば棒に当たる」
という具合だったのだ。
当時はトヨタのクルマが売れていたので、
「セールスマン投入度」を高める
と言って、どんどん採用していた頃だった。
私は「誰でも出来る」を目指した営業改善を推進しており
顧客データを中心として活動をOJTしていたのだ。
レポートにあるように僅か6名の営業所でも
営業員の質は「千差万別」な状況だったのだ。
これを「標準化」した方法、すなわち、
水曜日に10件の車検DMを手書きして投函し
金曜日にフォローの電話をかけて
お客様の意向を伺うようにしたのだった。
コンピュータから10件のデータを取り出し
プリントゴッコで印刷した車検案内に手書きして投函
というシンプルな手法だった。
意外にプリントゴッコで手作りしたハガキが目立って
気が弱い営業員でも電話するとお客様の反応がよくて
車検の依頼を受けることが出来たのだ。
車検のお世話でお客様と引取り・納車の単純接触の中から
友人を紹介して頂いたり、保険の契約になったり
と成果が出たのだ。
当然、サービスの方は車検が増えるので業績がよくなるので
営業所に飛び込んで来た「客」の情報を営業に回すようになり
低い業績の方も全社平均を上回るようになり、
営業所全体の業績が上位になったのだ。
つまり、業績が上がると「人」が変わって行ったのだ。
ある時、営業部長が朝礼に来て、
皆が机に向かってハガキを書いているので
「早く営業に行かんかい」
と言ったら、
「栩野さんのやり方でうまく行っている」
と反論したというエピソードが起こったのだ。
これが引き金になったのか
営業部は社長の娘さんに近づいて、
自分の側に引き込む工作を行なったのだ。
ついには、社長を通して
「栩野君、これ以上、関係するなら自分で売ってからにしろ」
と言わせたので、活動を停止したのだった。
つまり、社長への「信頼」が薄れて、
急速に「やる気」をなくした時に「左遷」人事が出て
「社長はクルマの道、私はシステムの道を歩みたい」
という主旨の辞表を出したのだ。
辞めてから何年か経って、
本町付近で「栩野さん」と呼びかけられたのだった。
その方は、その後、立派に成長されており、
私に感謝の意を伝えてくれたのだった。
「プリントゴッコで手作りハガキを投函する」
というシンプルな作業から、
フォロー電話をかける単純接触を繰り返して
対人関係の基本をしっかりと身につければ、
「自信」となって成長の「素」になる
と確信したのだった。
一覧に戻る
有限会社エー・エム・アイ
大阪府大阪市阿倍野区天王寺町北1-8-47-411
© 2021 有限会社エー・エム・アイ