2026.05.06
エッセイ
母の味
2日に長男と三男の息子たちとお墓参りに行った。
このお墓は母が生前「墓のない人生は儚い」というフレーズに
促されて購入した生駒霊園にある。
以前はクルマがあったので近くて行きやすい場所だったが、
クルマを処分したので電車とバスを乗り継ぐことになった。
バスは近鉄の東生駒駅から出ており、
無料だが長い時間待つので
暑い時や寒い時は避けるようになり、
GWや文化の日が多くなった。
今年は京都の長男が、家族が別の動きなのでクルマを出してくれて
三男と一緒に行く事になった。
孫たちに会えないのは残念だが、
上の子はサッカー、下の子はプログラミング
と頑張っているとのことだった。
お墓の掃除を終えて、
簡単だが「南無阿弥陀仏」と唱えて故人を偲んだ。
私の両親と妻が眠っているが、
今回は母のことを思った。
両親は和歌山から昭和26年に大阪に出て来て、
私たち兄弟を育ててくれた。
父はいわゆる炭屋だったのでガスの普及で仕事が萎んだが
それを回避するのに母が「お好み屋」を買って、
風呂屋の前だったので夜遅くまで頑張ってくれた。
お蔭様で私も弟も私学の大学に進むことができた。
「お好み焼き屋」を始めたのは小学校2年の冬だった。
同級生の話だと私はガリガリだったとの事だが、
毎日、母の「お好み焼き」を食べることで体力的にもよくなった。
私は、「豚玉」が好きで、広島焼き風にそばを加えてくれた。
メリケン粉の生地を丸く広げ、
そこにキャベツやショウガ・天かすをのせて
さらに、そばを半分と豚肉をのせ、卵とメリケン粉をかける
という手順で焼いてくれた。
これは非常に美味しかった。
最近、スーパーでカップに入ったお好み焼きセットを
買ったのがキッカケになって
母の味を思い出して自分で作るようになった。
お昼は三男と一緒なので2人分をつくるために
32センチの大きなフライパンを買った。
最初はお好み焼きセットの手順で作ったが少し味が違うので
母のように広島焼き風に焼くようになった。
難しかったのはメリケン粉の溶き具合。
最初はお好み焼きセットの要領で溶いたが粉っぽい感じがして、
徐々に水の量を多くした。
材料はえび・いか・豚肉・卵とそば。
母のように、まず、溶いたメリケン粉を丸く敷き、
そこにキャベツ・しょうが・天かすをのせ、
さらに、そばを半分と豚肉をのせ
そして、卵と溶いたメリケン粉をかけた。
頃合いを見計らってひっくり返すのだが、これが難しい。
あとで形を整えて「お好み焼き」風に。
両面、焼きあがったら、
お好み焼きソースをかけ、その上にマヨネーズをかけ、
あおさとかつお節をかけたら仕上がり。
そばが入っているのでお箸だけではうまく切れないので
「こて」を買って食べる大きさに切り刻むようにした。
お好み焼き粉がよいのか、結構、美味しいので
ハマって、この5連休もお好み焼きをつくった。
三男も美味しいと言ってくれる。
この他、焼きそばもつくるが、
やっぱり、お好み焼きの達成感は最高だ。
また、そばを半分足しているのでボリューム感があり
これだけで昼めしになっている。
母がお好み焼きを焼く手順を覚えていたので、
ホンマに母の味に近く、美味しい。
母は「お好み焼きは完全食」と言っていたが、
具材を工夫すれば、いろんなバリエーションが出来そうだ。
これかも楽しみながら「お好み焼き」を頂こうと思っている。
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