2026.04.23
エッセイ
「失敗談」
人生を振り返ってみると
何事も「未知」への興味が大切と痛感しています。
例えば、毎日の食事でも
妻に先立たれて自炊生活を始めています。
先日、NHKで献立のショート番組があり、
豚肉であんかけのつくり方を紹介していたので、
早速、試してみようと片栗粉を買いました。
大さじ一杯とあったので、
大さじに山盛りにして溶いたところ、
大変なことになり何とも言えない味になりました。
笑い話ではなくホントにやったのです。
この失敗で大さじ一杯が山盛りではない事を学んだのですが、
ホンマ、やってみないと分からないものです。
仕事でも一緒ですね。
経営コンサルタントを始めた当初は
お客様から失敗した話をしてくれと言われて困ったことがありました。
つまり、経験が少なく
最初のお客様で運よく自分の経験を活かせる
「一番商品」を見つけたので
失敗という失敗がなかったのです。
しかし、20数年前に大きな失敗をしました。
それは高校時代の友人から
「君に頼みたいことがある」
という電話がかかって来たことから始まりました。
それは「オール電化」の推進だったのです。
私は静岡の松下系の電材商社(S社)様を紹介して、
商社の仕入れ力を発揮して「オール電化」のお店を展開する
というプロジェクトを推進したのです。
友人は「オール電化」推進担当の部長だったので、
関電からプロジェクト推進支援金を得て
奈良市の学園前に店舗を出して拠点にしたのです。
友人は「金持ちのバクチ」をしてくれと言ったので、
コミュニティ誌の一面を借り切る広告戦略を打ち出したのです。
ここまでは得意な分野だったので、
企画したイベントは効果絶大で
関電も驚くほどの集客が出来たのですが、
ここに落とし穴があったのです。
一つは本来のミッション「オール電化」推進ですが、
これはキッチンと給湯をガスから電気に切り替えることですが、
ポイントはお客様の希望で「電化試算」を関電に依頼して
節約効果で推進することでした。
この「節約効果」は計算上の物で、関電は自力で展開していて、
関電の社員では数%のイノベータ層を刈り取っており、
13.5%のアーリーアダプタ―層への取組がキーだったです。
確かに「関心」が高い層なので
スグに1千件を超える「電化試算」を出来て、
僅か3カ月で40数件の実績を挙げたのです。
しかし、この1千件のイノベータを刈り取った段階で、
大きな誤算が起こったのです。
一つはリフォームに目が移ったことです。
キッチンにIHコンロが入るとリフォームの需用が出て来て
売上金額が大きくなるので社員も下請業者も関心が移ったのです。
もう一つは「寄せ集め」組織だったことです。
S社から一人社員が赴任して来たので、
「寄せ集め」組織の監視役になって「異分子」化して
内紛の発端になったのです。
自動車販売の経験者を集めた営業員だったので、
「買う」というイノベータ層には販売実績を残せたが
「関心」はあるけど動けないアーリーアダプタ―層へのアプローチと
いう「オール電化」のミッションが薄れたのです。
この混乱に輪をかけたのが
下請業者間の内輪揉めが起こり、
2派に分かれて社員が巻き込まれた
という「股裂き」状態になったことです。
こうなると「手の施し」ようがなくなり、
さらにもう1店を緊急に作って分離して治めようとしたのですが、
一端、リフォームに目が移ったので
肝腎の「オール電化」に戻れなかった
という苦い経験をしました。
こうなると店が分散して勢いがなくなり
プロジェクト支援金の優位が底をつき赤字になり、
当社はコンサル料を返上して再建に走ったのですが、
「砂上の楼閣」
なので当社も赤字を出すばかりか大事なお客様も失うという事態に
陥ったのです。
結局、S社の経営も本業で危うくなったので
プロジェクトを解散して、
2つの拠点の社員の行く道を探すことになったのです。
S社は学園前の社員で希望する方を静岡に迎えたが、
もう一つの拠点の社員は「オール電化」を進めると言ったので
下請業者が引き受けて、
弊社から当座の運営資金を貸し付けて協力をしたのです。
その資金でスーパーの一角に店を出して展開し、
今も頑張っています。
数年経ってから、貸した金額も分割で返してくれました。
このプロジェクトの失敗から学んだことは
・「探客8割」というがアーリーアダプター層はなかなか動かない
・「寄せ集め」では「理念」がないのでグラつきやすい
・「人道的」という基本を忘れてはいけないが支援には限界がある
ということかと思っています。
ホンマに「買う」というイノベータ層には誰でも売れるが、
「関心」を持っても動かないアーリーアダプター層への戦略戦術が
ポイントになると実感しています。
関電の和歌山営業所で講演した際に
「これからオール電化をさらに進めるにはどうしたら良いか」
と質問された時に
「オール電化がお客様の為になると信じてバカと言われるまでやること」
と咄嗟に返事しましたが、
この「バカと言われる」が合言葉になって動くようになって、
「オール電化」普及率が管内1位になったと喜ばれたのが
せめてもの「よかった」点だったと振り返っています。
関電の支援は3年間の支援だったのですが、
S社がプロジェクトから引いてしまったので、
3年間、弊社が定期的に辛い報告を繰り返し
ホンマに「耐えがたきを耐え」という状況で任務を果たしたのが
せめてもの友人への恩返しだったと思っています。
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