2026.04.16
エッセイ
「まぐろ」のような体質
「老ける」とか「枯れる」という言葉がありますが、
徐々に来るものと思っていましたが、
実は、ある日、突然、気付くことになり驚いています。
人生にはいろんな節目がありますが、
還暦や古希を過ごし喜寿の年になろうとしています。
思い起こせば、子供の頃は虚弱体質だったので、
医者から
「還暦を迎えられるか分からん」
と託宣された事がありました。
そんな私は、大学2年の時に腎炎を患って完治せずに
就職の時に「コンピュータをやりたい」と言って入社したが
故福井社長は
「一病息災で長生きしろ」
と励ましてくれました。
お蔭様でオフコンの黎明期から担当して
「クルマが売れるコンピュータ」
という使命を果たす為に没頭した20年間でした。
体質なのでしょうが、
システムを開発していると達成感で元気でした。
昭和57年は関連会社がIBM特約店を始めたので
オフコンの後継機を同じシリーズで行ないましたが、
ソフト開発はコンバージョンで済んだので
開発の「端境期」になったのです。
「小人閑居して不善をなす」と言いますが、
何も開発せずにメンテだけで過ごすという「流し」だけでは
達成感がなくなるので体調を崩す心配が浮かび、
会社に他社のソフト開発する許可をもらいました。
丁度、その頃、IBMは世界初のRDB機を売り出して、
各所でトラブルが頻発してSE不足だったので、
例えば、自社では開発できない
・生産管理の所要量展開システムの処理時間短縮
・大手生命保険の営業所とホストの要求処理
・パケット通信の通信料逓減
などにチャレンジする機会を得たのです。
約3年間で1億円の売上を挙げ、
あっさりと社内システムの開発に戻って
そのノウハウを自社システムに応用しました。
例えば、それまでテレックスでトヨタと情報交換していたが
APPCで異機種間通信を行なう事になった時、
同業他社にその対応システムを提供したり
また、営業所とオンライン処理を始める時に
汎用機で前処理して、結果をオフコンにAPPCで送信する
という常識とは発想の逆転したシステムを構築しました。
こんな風に「まぐろ」のように
仕事に追われる方が健康という体質なので、
諸事情あって閑職に左遷された時も健康への危惧で
亡き妻と相談して「私が元気なうちに」という支援をもらって
あっさりと転職を決意したのです。
縁あって関連会社に就職したが、結局、水に合わず、
船井総研客員経営コンサルタント養成学校に自費で学び
資格を得て、平成7年に「夢」を追ってコンサル会社を創業し
この時も亡き妻に「私が元気な内に」と励まされました。
お客様がゼロの状態だったので
船井総研の方々から「無謀な人(奴)」と揶揄されましたが、
お蔭様で自分流の道を切り拓くことができ、
業績的には「九十九折の30年間」でしたが、
お蔭様で事業承継を済ませて相談役になることができました。
しかし、寄る年波と言いますが、
3年前の大動脈瘤の手術の前後から異変に気付くようになりました。
例えば、排便という生理現象ですが固くなり便秘気味になったので
ヨーグルトや青汁を食べるようにしましたが、
結局、お医者様に相談して「ラグノスNF経口ゼリー」を処方して頂き
回復することができました。
元々の腎臓病はefgr値が20程度になっているので
腎臓内科から薬を処方してもらい食養生と併せて
「透析」を回避すべく努力しています。
「三つ子の魂百まで」と言いますが、
相談役になり1日5時間の勤務になって「ゆとり」が出ていますが、
「まぐろ」のような体質は変わらないので
時間を流すのではなく、クリエイティブにエッセーを書き
充実感を味わうようにしています。
ブログやFacebook、Xなどに投稿して、
いろんな方からレスポンスを頂いて励みになっており、
今後も「より自分らしさ」を追求するエッセーを書きたい
と願っています。
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