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2026.04.08

エッセイ

脱マイカー生活

脱マイカー生活

私は昭和24年生まれで、
少年漫画に描かれた未来像に憧れて育ちました。

高層ビルの間を空飛ぶクルマがあり、
移動中に電話が出来るという空想図。

大阪市内の下町ですが、
交通の便は結構よかったので住みやすい環境でした。

幼い頃は市電が走っていて、
両親に新世界の料理や動物園に連れて行ってもらいました。

少年時代は自転車に興じたが、
浪人した時にバイクに乗り始めました。

そして、一浪して大学に入った時に、
スズキのフロンテ360という軽自動車を買ってもらって、
当時、珍しいマイカーで通学し始めたのです。

少年の頃に描かれた未来図に空を飛ぶクルマがありましたが、
モータリーゼーションの黎明期だったので、
友人たちに羨ましく思われたのです。

ゴルフを始めた友人に誘われて同好会に入り練習に熱中しました。

確かに、「移動の自由」を得ると世界が変わったのですが、
大学2年の夏に腎臓を患って、単位をとるのに専念しました。

3年の冬に就職活動が始まったのですが、
大手企業では試験は受かっても面接等で決まらなかったので、
小さい会社を避けて不人気の自動車販売店に飛び込んだのです。

「コンピュータをやりたい」と言って飛び込み、
当時は珍しい存在だったので社長面接で採用して頂いたのです。

少年時代の2つの夢
「自動車」と「コンピュータ」
が叶ったのです。

入社前に1200CCのパブリカを買ってもらって、
マイカー通勤をしました。

会社の屋上に駐車場があったのです。

コンピュータを導入して頂いた時に、専務から
「栩野君、営業所へ行って、皆の声を聞け」
と言われて、自由に営業所に行けるようになったのです。

業務併用車の制度があって、
任意保険に加入する条件でガソリンが支給されました。

 「行動の自由」って、素晴らしいものでした。

それから、結婚して子供が出来たので
例えば、回転寿司が珍しい時に連れて行くことが出来たり、
休日の朝食でマクドナルドに行ったりしました。

また、子供の頃に憧れた高層住宅のマンションを購入して、
目の前に公園がある環境で子育てが出来ました。

そんな私も64才の時に妻に先立たれて、
一緒にドライブに行く楽しみがなくなったのです。

不思議なもので、ホンマに一人でドライブすることがなくなり、
走行距離も伸びなくなりました。

車庫は自宅マンションの立体駐車場だったが、
これも経年劣化で1年前に解体となり、
同時に廃車しました。

 19才から75才まで自動車と一緒でしたが、
今は6段変速の自転車で「行動の自由」を得ています。

まぁ、自動車に比べると移動距離は短いですが、
毎日の食材を買いに行き、
土曜日は外食に出かけたりしています。

「脱マイカー」になったが、
お蔭様で「行動の自由」を得ています。

今、もうすぐ77才になろうとする後期高齢者ですが、
「健康」=「運動」x「食事」x「社会」
方程式でアンチエイジングに努め、
「運動」は自宅と事務所の2往復を徒歩で約3km、
食材の買い出しで自転車1.3kmをほぼ毎日続けています。

そして、「食事」は自炊を中心にして、
時には自転車で行ける範囲ですが外食を楽しんでいます。

最後の「社会」では、
毎朝、喫茶店でモーニングを頂き地域の方々と交流したり、
土日には事務所を老人会に提供して茶話会の世話したり
自宅マンションの管理組合の理事長になり貢献する
という具合に頑張っています。

この「脱マイカー」の生活スタイルを続けて、
自転車による「移動の自由」を楽しみながら
健康な老後を長く続けたいと願っています。

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