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2026.03.31

エッセイ

隗より始めよ

「隗より始めよ」

「隗より始めよ」(先従隗始)を調べると、
故事に賢者を招きたいならまず自分を優遇するように言った
とあり、「 身近な者を大切にせよ」という意味から転じて、
現代では「言い出した者から実行せよ」
になったとあります。

「大事を始めるには、小事から手をつけよ、
大事業には、呼び水となる小さなことから始めるのが必要だ」
という意味にも使われるとありました。

さて、世の中に会社の不満を愚痴る方がおられますが、
他人を批判したり、不満を言うばかりで
自分で改善しようとしないのです。

ある時、商工会議所でセミナーをした際に
「うちの上司はどうにもならない」
と言って、解決策を訊く方がいらっしゃいました。

セミナーの主旨と違った人生相談的なモノなので困り、
「そういう貴方はどうしたいのですか?」
と問うと
「それを訊きたいのだ」
と不満顔におっしゃいました。

私は「隗より始めよ」と喩えて
「他人を変えるのは非常に難しいから、まず、ご自身が変わったらどうですか」
と落としました。

一般的に、「ないものねだり」で評論しているだけの状況が多いのです。

私自身の経験ですが、
新入社員の頃、自社のコンピュータが会計機のままで、
他社はDMまで作成している
と不足を言っていたら、
これを聞いたIBMの灰本課長(当時)は
「とっちゃんのグチは積極的なグチやからええ」
と言って下さったのを思い出します。

そして、念願のオフコンを購入して頂き、
給与計算や経理の統計表を作成した後に念願の「車検DM」を作成する事になり
「不足」に思っていた事を解決することができたのです。

「有言実行」と言いますが、まさに実践できました。

最近でも同じようなことがありました。

コロナ禍で「非接触」が叫ばれた時に老人会活動も休止になり、
老人の場合、人との接触がなくなると引きこもりになったのです。

事務所のあるマンションの老人会も同じ状況でした。

そんな中、有志だけでも会合を持とうという声が起こったのです。

丁度、中秋の頃だったので、私は、
マンションの庭に椅子が並べられているので
日光浴を兼ねてお茶会をしようと提案したのです。

しかし、「集まりを持ちたい」と言った方も
自分から動こうとしないので
仕方なしに私が中心になって集まりを持ったのです。

私は、仕事中なので最後まで参加しなかったのですが、
なんとか始まりました。

しかし、自主的な継続力が乏しく、
私が参加しなくなったら自然消滅しました。

今、土日に事務所を提供して「お茶会」を開催して喜ばれていますが、
これは私が参加するから持続しています。

「隗より始めよ」と言いますが、
「言い出しっぺ」が始めて「流れ」が出来て「勢い」がついたとしても、
その「勢い」が持続するには「言い出しっぺ」が続けることがポイントになる
という実態があります。

長く続けると「義務」のようになりますが、
自分のためになると楽しむようにしています。

ビジネスでも同じですね。

お客様と打ち合わせで、
「誰」が「いつまで」に「やる」
と決めることが重要なのですが、
現実的には、なかなか着手すらして頂けないケースが多いのです。

結局、フォローして着手を促すことになります。

そして、着手して頂けても
少し障害が起こったら中断したまま放置
となるので、

定期的にフォローして障害を取り除くようにしています。

船井総研の宮内先生(当時)はスクールで
「コンサルは当事者を押して実行せしめ、いざという時に介入する」
と教えて下さいましたが、
「介入」のタイミングが難しいです。

現実的には船井総研の方々は
現場で実践して結果が出ることを実感させる
という方が多かったです。

効果を実感した方がマネる事がポイントですが、
経験を積むまで時間がかかるのが現実でした。

経営者が途中で契約を切ると「元の木阿弥」に戻るケースが殆どでした。

中には「先生は守り神だから、長くつきあって」という会社もあり、
数少ないが「ご縁」を頂いて長いお付き合いをしているケースもあります。

「縁・運・つき」と言っていますが、
お付き合いを始めた「ご縁」を大切にして
共に発展する「運」を切り拓き
どんどん発展する「つき」を得る
というように「共に」がキーワードです。

弊社の社名は「有限会社エー・エム・アイ」ですが、
「エー・エム・アイ」はAMIであり仏語で「仲間」という意味があり
「共に」という意味を込めています。

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