2026.03.21
エッセイ
「視野」と「視座」
私は社長面接で「コンピューターをやりたい」と言って、
昭和48年にトヨタ系販売店に就職しました。
当時、コンピューターの黎明期であり、まだ、バッチ処理が主流であり、
しかも磁気ディスクは高値の花で、
テープ装置などにデータを記録し、ある項目毎にソートして読み込み集計して
磁気元帳に合計を記録する
という時代でした。
会社ではNCRの会計機を使っていました。
しかし、本格的なコンピューターが普及し始めており、
同業他社ではIBMや富士通のコンピューターを導入しており、
自動車登録情報を保有してDMを発行していました。
私は彼我の差を痛感して、
自己申告でもコンピューター導入を主張して、
上司の専務からToo-Hotと指摘された程でした。
確かに、他社はDMを作成していましたが、
肝腎の業務処理でアウトプットして帳票の数字が合っている
と検証される状況でした。
こんな状況なので、
トヨタ自動車は販売店がコンピューターを導入することに反対しており、
社内も反対する人が多かったのです。
それでも、日々進化するコンピューターの状況を見て「導入」と叫んでいたので、
ある日、社長が「これなら、わしのポケットマネーで買ってやる」と言って、
IBMシステム/32を契約してくれたのです。
そして、「経理の合理化などは考えずにクルマが売れるコンピューターをつくれ」と
永遠のミッションをいただいたのです。
昭和52年12月に大阪では1号機として導入しました。
この機種は世界初のオフコンとして登場したもので、
IBMの灰本課長(当時)は、
「とっちゃん、安いので最高スペックにしておけ」
ということで、
CPU:32KB、DISK:13.7B、155行/分のラインプリンター
3742というキーtoディスケットの入力装置
という構成でした。
まず、1月からコンピューターの入門編になる給与計算をシステム化して、
その後、経理がやっていた磁気元帳で行なう新車販売の原価計算を切り替えるとして、
プログラム開発をしたのですが、マッチング処理を行なう方式を踏襲したのです。
確かに、データのソート速度はCPUが大きいので早かったのですが、
新車データとマッチングさせる方式で苦労したのです。
4月から切り替えるとなったのですが、
個々の車両とマッチングが一つズレた状況だったのです。
IBMに行って、プログラムを見てもらっても原因が分からないのです。
丁度、GWの休みなったので、この機会を利用してマッチングと格闘してのですが、
幾ら、やり直してもズレが解消しないのです。
ホンマに会社に泊まり込む状況でした。
しかし、GWを利用しても解消しないが、総額としては合っているので、
休み明けに経理に提出したのです。
この提出が終わった途端に、
そうや、ディスクシステムなのでランダム処理で良い
と給与計算の方式を想い浮かべたのです。
これで、その日のうちに修正して、経理部長に始末書を提出したのです。
つまり、前の会計機の処理方式をマッチングと言っていたので、
そのまま鵜呑みにしていたのです。
鵜呑みにしていたので「視野」が狭くなっていたのです。
それが「提出」という行為でホッとした瞬間に「視野」が広がり、
給与計算の方式が浮かんだのです。
経理が会計機でやっていた処理を奪った構図なので、
プレッシャーが大きかったのです。
IBMのSEの方々も「マッチングがうまく行かない」ということに
ストレートに対応してくれたのですが、結果につながらなかったのです。
この時に、他人に頼らず、自力で解決しようと心に誓ったのです。
「思い込む」という視野狭窄状態。
例えば、このようなエッセーを書く時でも思い悩むことがありますが、
そんな時には「休むに似たり」と割り切って休憩をとるとアイデアがヒラメク
という経験があります。
「視野狭窄」から解放という課題。
これは「視座」にも同じことが言えます。
「視野」と「視座」を柔軟にしたいと思います。
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